『あんぱん』第51回 どれだけ殴られても冷静に思考を巡らす嵩くん、サイボーグですか?

NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第11週、「軍隊は大きらい、だけど」が始まりました。『アンパンマン』でお馴染みのやなせたかし先生がモデルである柳井嵩(北村匠海)が、陸軍の中でもとりわけ厳しいといわれる小倉連隊に配属され、さっそく殴られています。
苛烈な訓練と理不尽な暴力というものが朝っぱらから延々と流されたわけですが、そのわりには嵩くん、タフなんだよな。肉体にも精神にも全然ダメージを受けているように見えない。
「僕、ここでやっていけるかなぁ」
そのセリフによって嵩の不安が描かれるわけですが、このときの嵩の不安が、デザイン学校に入ってめちゃんこ絵が上手い同級生を見たときと同じくらいの感じなんですよね。むしろあのときのほうが切実に不安を感じていたように感じる。なんかすごく、のん気だ。
ろくに運動した経験もなければ父親にも殴られたことがないというのが嵩という人のパーソナリティであったはずで、その人が「陸軍の中でもとりわけ厳しい」とされる小倉の訓練をこなして、ことあるごとにボコにされて、それでもピンピンしてる。康太くんに晩飯を分けてあげてるってことは、別に腹も減ってない。「ここでやっていけるかどうか」なんて未来に思考を巡らせることができるくらい肉体が回復している。
さらに「八木上等兵(妻夫木聡)は何者か」「あの人は殴らない」などと周囲の人間観察にも余念がない。めちゃくちゃ健全な精神を保っている。強いよ、嵩。全然心折られてないもん。
脳みそって、肉体ですからね。精神が健全であるということは、肉体にダメージを負っていないということです。つまりは小倉の陸軍が嵩ひとりを肉体的に追い詰められないくらいユルユル部隊であるか、嵩が先天的にサイボーグ並のタフネスを備えているか、そのどちらかということになる。
いずれにしろ、軍隊や暴力をリアルに描けていないということです。
体感、今日の尺の半分くらいは暴力にさらされる嵩の描写だった感じがしますが、その苛烈な暴力を描いておいて「全然大丈夫」に見えてしまっている、肉体的ダメージもカルチャーショックも受けていないように見えてしまっているわけですから、その暴力描写はただ無駄に不快なだけだよね。悲惨じゃなく、単に不快。ガキが壊れないオモチャを壁に叩きつけ続けているのと同じ光景。
じゃあなんで『あんぱん』というドラマは、苛烈な訓練と理不尽な暴力によって嵩の思考を破壊しようとしなかったのかと考えると、破壊すべき「嵩の思考」というものが用意されてなかったからなんですよね。この戦争に対して、兵隊に取られることに対して、嵩が何をどう心に決めて生きてきたのか、赤紙がきたとき嵩はどんな葛藤と責任感と被害者意識を抱いたのか、そこを描かずただ「戦争大嫌い」という一言で済ましてしまったから、いざ現場に放り込んでから考えさせるしかなくなってる。嵩がこの現場で思考を巡らせれば巡らせるほど、ここで描かれる戦争が「悲惨」から遠ざかっていく。
そういうことが起きていると感じましたね。第51回、振り返りましょう。
ばでぃしすてむ……?
「今でいうバディシステムのようなものです」とナレーションで言われて最初に思いついたのが『あぶない刑事』のタカとユージだったんですが、全然「今でいう」じゃないな、どうやら八木上等兵が嵩のメンターとなって成長を促すとか、そういうことのようです。
それはいいけどさ、じゃあ八木&嵩以外のバディの組み合わせも教えてくださいよ。八木と嵩にしか採用されないならそれはシステムじゃないじゃん。ご都合じゃん。なんの段取りもなく八木と嵩をイチャイチャさせたいだけじゃん。
でその八木なんですが、まず年齢不詳だし「位は低いけど謎に恐れられている」という設定なわけですが、その謎に対する興味が持てないんだよな。『あんぱん』における「謎」というもの対する謎の過信はなんなんだろう。
ヤム(阿部サダヲ)が銀座で働いていたかどうか、なんでそれを隠してるのかという問題を延々と引っ張っていた時期にも感じたんですが、「謎」を置いとけば視聴者が自動的に興味を持つと思ってる感じも、どうにも乗れないところです。
しかもそのヤムの謎は結局カナダがどうこうで「なんで銀座の件を隠してたのか」がウヤムヤになっているから、八木の謎についての期待感も抱けない。ヤムがウヤムヤ、ウヤムヤヤム、ムヤムヤ、などと言葉遊びをして文字数を埋めたくなる。
サプライズ健ちゃん
最後にサプライズとして健ちゃん(高橋文哉)が登場したわけですが、これもサプライズとして機能していません。健ちゃん出征から嵩に赤紙が届くまでの期間がわからないので、健ちゃんの“変貌”に説得力がない。さらに前述の通り嵩が稀に見るタフボーイだったので、「地獄で仲間に出会えた」という感慨もない。
作り手としては、なんかたくさん殴ってるし「朝から重すぎる」って思われるかなーなんて心配してるかもしれませんが、全然軽すぎるんだよなぁ。軽い軽い。あなたのパンチは軽いです。
(文=どらまっ子AKIちゃん)